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            急に胸が痛くなったら
                                 東京内科医会 理事,林医院
                                          稲 葉 貴 子
 今日は救急の日ということで,「急な痛みにどう対応するか」というテーマになっています.私は循環器内科の専門医ですので,胸が痛くなったときにどのように考えて対処していただくかということをお話ししたいと思います.
   胸痛の原因として考えられる疾患
 胸というのは,首から下,それからちょうど肋骨の一番下のところに囲まれた範囲です.後ろは背中ですから,胸が痛いとおっしゃる場合,だいたい体の横から前,首から下,みぞおちから上の範囲のところが胸というように皆様は認識されていると思います.その場所には実はいろいろな内臓・器官がありますので,胸が痛くなったらというときに考えられる病気はものすごくたくさんあります.
 皆さんは胸が痛いというときに,心臓の病気ではないかを心配されて受診されることが多いと思います.もちろん胸の痛くなる病気の中で最も重症であり,命にかかわる可能性があるのは心臓や大血管の病気です.そのほかに肺の病気,肺を包んでいる回りの胸膜という膜の病気,食道という食べたものを飲み込んで胃に落ちる通路,それからもちろん骨があります.肋骨を骨折するとか,肋骨の軟骨のところが炎症を起こすとか,背中の背骨(脊椎)の病気の炎症が前のほうに波及して痛むような場合です.もちろん運動をし過ぎて筋肉痛,風邪を引いて咳をし過ぎて筋肉痛で胸が痛いということも,皆様ご経験があるかもしれません.あと,そのほかに皮膚の病気,女性の場合では乳房の病気,さまざまあります(表1).
   急に胸が痛くなったら
 まず,胸が痛くなったときに,どんな痛みであるかという痛みの要素がとても大切です.
 私たちは外来で患者様にお話を幾つか伺っていきます.どのような痛みですか,どこが痛いですか,どのくらいの時間続きますか,どのようなときに痛みますか,痛み以外に何か症状がありますか.主にこの5点をいろいろ伺っていきます.もちろんご本人がお話もできないような重症な状態であれば,伺うことはできませんけれども,そのときはもう重症であることは歴然としていますので,それはよろしいかと思います.
 実際に胸が痛いというときにどうしたらいいか.ご本人がそういうことを考える余裕があるときは,実はまだ猶予かおるということですので,冷静になって痛みの性質,場所,持続時間,そしてどのような状況かを確かめます.動いているときなのか.例えば,精神的に緊張しているときであるのか,寝ていて夜中に胸が痛くて目が覚めた,ある一定の姿勢をとると痛い,体を動かすとき,ねじるときに痛いとか,どのようなときに痛んでいるのか.そして痛み以外に冷や汗がないか,息が苦しくないか,意識がもうろうとしないか,咳が出ていないか,あるいは皮膚に発疹がないか,そのようなことを冷静に確認してください.
 目の前に,「胸が痛い,痛い」とご家族がうなっているようなとき,救急車を呼んだほうがいいのか,病院にすぐに連れていったほうがいいのかと考える場合も,確認できる状態であれば,ご本人様にどのような痛み方なのかを聞いたり,顔色を見たりして,どうもこれは「まずいぞ]と思ったときには,受診していいと思います.「まずいぞ」と思う人間の感覚はかなり正しいんですね.それを躊躇する必要はないです.具合が悪くて受診して,たいしたことはないよと言われても,何でもないということが確認できてよかったと考えていいわけですので,本当に「まずいぞ」と思った場合は迷わず受診してください.
 
   胸痛の特徴
 では,その「まずいぞ」というのを細かく考えていきます.胸の痛みというと,まずどのような痛みか.ずきずき痛い,チクチクする,表面がピリピリする,あるいは胸全体が締め付けられる,圧迫される感じがする,何となくドキドキするような,胸が躍るような,胸騒ぎがするような感じとか,あるいはみぞおちから込み上げるような感じ,やけつくような灼熱感というかヒリヒリするような感じ,そのような痛み方があると思います.内臓というのは知覚神経(痛みを感じる神経)が分布していません.ですから,心臓の発作であっても心筋梗塞という重症の病気を起こしていても,(特定の)ここが痛いということはあまりないのです.つまり,心臓が痛い,あるいは肺そのものが痛いという感覚はありません.
 皮膚ならば,例えばけがをしてここの切り傷が痛いというときは,「痛いところはここです」と,皆さんはおっしゃると思います.しかし,心臓や肺の場合は,「ここです」という表現は基本的にはありません.痛みを感じるときには,傷んでいる心臓の筋肉が酸素不足に陥ったり,あるいは肺が炎症を起こしてはれている.そこのところに起こった刺激に対して,自律神経を介して,胸のかなり広い範囲の全体的な痛みとして感じるのです.
 ですから,呼吸器の病気や心臓の病気で胸が痛いというときは,ここの場所という言い方ではなくて,漠然とした全体が痛み,その痛みが,例えば,みぞおちのほうに広がる,首のほうに重苦しいような痛みが広がる,あるいは奥歯がうずくような感じがする,右手,左手へ痛みが流れていく上うな,放散していくような感じがします.かなり広い範囲に関して「痛い]という表現をなさることが多いです.
 したがって,そういう痛みを感じている場合には,これは内臓の可能性があるということを考えて,迷わず病院を受診してください.
 受診するときも,昼間であれば速やかにかかりつけ医,あるいは総合病院などに行っていただくことが可能です.既に意識がない場合には救急車を呼んでいただきます.また,脂汗を流しているとか,呼吸の状態がもうしゃべることができないような状況であっても,救急車の要請をなさってもいいと思います.のちに,救急車の適正利用のお話があるかと思いますが,その場合には迷わずに救急車を呼んで構わないと思います.
 もちろん,そのような状況の方は,ご自分では決して運転はなさらないでください.道中で本当に具合が悪くなって,意識がなくなってしまったりということがあると大変ですので,ほかの方が病院に連れていってください.
 一方で,胸の痛みのチクチクとかキリキリ,あるいはピリピリする,(特定の)ここの場所というような言い方をする場合は,体性神経という痛みを直接伝える感覚の神経がありますが,そこに刺激が加えられて「ここの場所]という,割と限局した局所を訴えられることが多いです.そういうときは,皮膚とか内臓を包んでいる膜,骨の病気が多いです.骨の病気,皮膚の病気などは,緊急で一刻を争うということはあまりないと思いますので,その場合には,なるべく速やかにご自身で受診してください.ご自分で静かにしていておさまるものであれば,そんなに慌てなくてもよろしいです.ただ,例えば肋骨の骨折であったりすれば,それはご自身でどこかをぶつけたとか,階段から落ちたとか心当たりがあるはずです.また,神経痛もそんなに緊急性はないと思います.
 ただ一方で,表1の神経疾患の項にある皮膚に発疹ができる帯状庖疹の場合,最初は痛みだけで始まって,半日ぐらいの間に皮膚にポツポツができてくることがあります.それは水ぼうそうのウィルスが神経に潜んでいて,体調が悪いときに発疹を起こして非常にひどい痛みを起こすものです.症状が始まった早期に帯状庖疹のウィルスを抑える薬を服用していただくと,非常に治りがよく,後々の帯状庖疹後神経痛という,いつまでも痛みが続いて苦しまれるような状況を回避することもできますので,ほうっておかないで治療をしたほうがいいです.
 症状の瞬間的なもの,長くかかるもの,ずっと続いて起こりどんどん増悪するかどうか,そういうことをよく確認していただいて受診することを心がけてください.
 
    痛みが起こったときの姿勢
 痛みが起こったとき,意識がないときは楽な姿勢で平らに寝かせてください.人間は脳に血液が循環して,酸素がいっている状態でないと意識が保てません.脳が一番ダメージを起こしやすいのです.
 心臓は血液の流れがとまって20分ぐらいすると,だんだん心筋梗塞という状態になってきて,30分血流がとまると心筋梗塞が完成してしまいます.
 脳の場合には3分間血流がとまれば,もう脳のダメージはもとに戻らない可能性が高くなりますので,まず脳を守ってあげないといけません.そのためには,心臓と頭の位置が平らな状態にあるということが非常に大事です.したがって,平らに寝かせてあげる.そして衣服を緩めて,呼吸が苦しくないように楽にしてあげる必要があります.
 あおむけに寝たら苦しい場合もあります.その場合には,やや背中を起こして,何かにもたれるような形で起きていると楽な場合があります.心臓が苦しいような発作のときは,平らに寝てしまうと息苦しくて泡を吹いてしまうことかあります.それは心不全という状況でよく起こるのですが,その場合には頭を高くしてあげて,もたれかけさせてあげることが必要になります.口がきける場合であれば,苦しんでいらっしゃる方の楽な姿勢で,できれば平ら,そして少し頭を上げる.右が下のほうが楽か,左が下のほうが楽か.逆に体を丸くして,おなかを抱え込むような姿勢のほうが楽な場合もあります.大きく動く必要はありませんけれども,胸の痛みについていえば,その程度の体位変換をやったからといって,病気を悪化させるということは起こらないので,楽な姿勢をとっていただくことを考えてください.
 さらに,可能であれば,コップ1杯のお水を少し口に含むということです.飲み込めない方に無理に飲ませる必要はありませんが,やはりキューッと来たような痛みのときに水分をとっていただくと,少し緊張が緩んで楽になったりすることがあります.物を食べさせるのは非常に危険な場合がありますが,水を一ロ,口に含ませるのには,心配はほとんどないと思います.
 
    緊急性の高い胸痛
 緊急性の高い胸痛というのは,ご本人の我慢できないほどの痛みのことです.うなっている.痛みのためにそのときの行動ができなくなってしまうような症状です.あと,痛みが20分以上続いている場合.あるいは,だんだん痛みが強くなってくるような場合.そして胸の表面でなく,中が全体的に広い範囲で痛んだり締め付けられる.そして冷や汗が出る,息が苦しい,何となく意識がもうろうとしてくる.そういう合併症状がある場合には,心筋梗塞や動脈が裂けてしまう解離性動脈瘤,あるいは肺のほうの病気で,肺に穴があいて呼吸ができない状況になってしまう気胸という病気の可能性など,重症なものを考える必要があります.このような場合は,直ちに受診してください.交通手段は,自分で運転するのではなく,表1にあげられている4項目のような場合には,直ちに救急車を呼んでいただいて,状況を告げ,専門病院を受診していただくことが必要です.
 
    おわりに
 それ以外にも胸の痛みには,いろいろな病気がありますが,その中にはやはりきちんと治療しなければいけないものがあります.今日は具体的にお話ししませんでしたが,逆流性食道炎や胃潰瘍や十二指腸潰瘍は,きちんと治療する必要があります.これは消化器の病気で,胸とおなかの境目です.
 どこの科を受診するかは,例えば,帯状庖疹や神経痛でも一般内科あるいはかかりつけ医,皆様がふだん風邪でかかられているような医療機関で構わないと思います.そういうところを受診していただいて,先ほど申し上げたように,どのような痛みであったかというポイント,ポイントをきちんと伝えていただきますと,診断に迷いがなく,私たちは皆様に適切な治療ができると思います.これで私のお話をおわらせていただきます.ありがとうございました.
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