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     第24巻2号・2008年12月
   高齢者のための医療制度
                        東京内科医会 常任理事 青 井 禮 子

 後期高齢者医療制度は、目を覆いたくなる程の不評を買っている。これは、一つには医療者側からみた時、英国その他の国の登録医制を連想させ、医療の国家統制を危惧させることと、更にそれを助長させるような、医療報酬上の改革である。後期高齢者診療料はあまりにひどい医師の技術料設定としかいいようがないが、問題の、再診料、投薬、注射算定可で、さらに急性変化時の検査550点以上は出来高算定可という最初心配されていた状況とはかなり変わったようだが、いずれにせよ外来のDPC化の第一歩と思われる点が問題である。
 
 もう一つの問題点は、受療する高齢者側の視点でみると、それまで何とか自立し、若さを保ってみなに迷惑がかからぬようにと努力してきたのに、いきなり75歳で線を引き、「後期高齢者」と聞きたくもない呼び名で区別されるとは、何とも不愉快、まず許し難いという感情にとらわれること必定であろう。その上虎の子の年金から保険料が有無を言わさず天引きされるのである。
 
 確かに75歳位から医療需要は急激に上昇している。これは複数疾患羅患あるいは重症疾患羅患等、高齢者医療の特性が顕著になってくる年齢だからだと理解はできる。しかし、はたしてそれは高齢者の責任か、遅かれ早かれ誰にでもおとずれる運命(さだめ)ではないのか。しかも定年後10年もたつと職場から完全に離れ、蓄財にも底が見えはじめる。すなわち75歳という年齢は、身体的にも精神的にも社会的にも健康でなくなるのである。「社会的」の意味は経済的と置き換えてもよいが、「日本医師会年次報告書2007〜2008」の第二章 医療政策会議の項に収録されていた日大人口研究所所長 小川直宏教授の講演「少子高齢化の医療・年金へのインパクトについて」を読んで実感したものである。年齢別・月別一人当たりの収入をみると、1984年頃は定年50歳なのでそのあたりとピークとしてゆるやかにカーブをくだって85歳位ではほぼ0となる。1989年、94年、99年、2004年と順次ピークが55歳〜60歳へとずれるが、94、99、04年は60歳位がピークで急峻に下がって75歳頃からはどのカーブも重なり85歳位ではほぼ0となる。すなわちどんな経済状態でも75歳位からは、月別一人当たりの収入は同じように0に近づいてしまうのである。したがって、それまでの資産を取り崩しながら高齢社会を生き抜いていくしかない。こういう風に社会的に虚弱になる年齢と身体的、精神的に虚弱になる年代が重なるとしたら、この年代の医療はもはや「保険」ではなく「社会保障」にすべきである。
 
 わが国には親孝行とか隠居とか老後を保障するよい言葉があったが、この制度はこれらをも打ちこわすかのようにように見える。今まで子の被扶養者として、保険料が支払われていた者が、独立して後期高齢者医療保険に入り、年金から保険料が天引きされるのである。「家族」がこわれる要因を作っていると思わざるを得ない。美しい日本の文化が一つまた消えそうである。
 
 こういうことをふまえて日本医師会は、平時の安全保障として高齢者のための医療制度では、医療費の9割を公費でまかなうべきとしているのだと思う。
 
 これまでの老人保健制度では、その医療費を賄えきれず、各健康保険組合等からの拠出金に頼ってきたが、その支出に組合が耐えられなくなって、この後期高齢者制度が出現したといわれている。そもそもこの組合が、大小、強弱さまざまあることが問題で、もし一本に統一されていたら保険の理論が活きてきてよかったのかもしれない。その提案はかつて日本医師会もおこなってきたが、取り上げられることなく今日に至った。しかし、今ふりかえるとこの超高齢社会では、それさえも無理、75歳で線を引く85歳からかいずれにしても社会保障で考えるしかないと思うのである。

 
 地域医療を守るために我々がすぐに出来ることは、毎日の診療の中でのムダを省き、患者にはよく説明して理解を求めることであり、それが可能になるよう自己の診療能力の向上に務め、一方で、診療報酬制度の中で基本的診療のより高い評価を要求してゆくことと思われる。
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