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     第37巻第1号
   「ふるさと」再考

東京内科医会 副会長 大西 真由美


  東日本大震災から、もう10年が経ってしまった。TVには、決して元に戻らない風景と多くのコミュニティの崩壊が映し出された。ただでさえ人と人とのつながりが希薄になりがちな現代なのに、それを後押しする新型コロナウイルス感染症の流行に、まだ苦しめられている1年余りである。
 東京の医院周辺でも、毎年行われていた神社の祭り、子供たちの引く山車やお囃子、夜店も、区画整理と町会の機能不全により数年前から中止となった。「ふるさと」の行事がまたひとつ消滅してしまった。東北ほどの激甚災害に見舞われることはなかったが、東京でも着実にコミュニティの崩壊が起こっている。
 「私がそう憶えているのだから、それでいいじゃない。」最近、認知症の患者さんの言葉にはっとさせられた。幼いころ、福島の親戚を訪ねて相馬の海で遊んだ時、はだしの足が焼けそうなくらいに走ってもまだ波打ち際までたどり着けないほどの広い砂浜だったことを憶えている。しかし、その遠浅のおおらかな海は、火力発電所ができ、原子力発電所ができて打ち寄せる潮の流れが変わったため、東日本大震災が起こるよりはるか昔に無くなっている。とすると、その確かな光景や感覚は、今や私個人の中にしか存在していないのだ。
 つまり、「ふるさと」として記憶される風景は、それを経験した各個人の中に、固有のものとしか残らないということだ。「ふるさとは遠きにありて思ふもの そしてかなしくうたふもの」とは、作者の室生犀星の意図とは違うかもしれないが、的を射ていると思う。月日が経って人々が代替わりしたり、建物が建て替わったり、災害があったりしたら、もう同じ「ふるさと」は決して存在していないのだから。想う人の記憶のなかにしか、その「ふるさと」は無いのだから。
 今まで、医師として目の前の患者さんの状態をどう把握し、どうしたらつらさを取り除いていけるか、ばかりを考えていた。しかし、地域に代々続く一医療機関として、コミュニティの一員として、コミュニティ崩壊の危機にどう対処すべきかを、考えさせられる一年になった。かかりつけ医は、比較的流動性のあるコミュニティにとって、常にそこにある存在ではないだろうか。コミュニティ再生の一助となり、その錨のような存在となれれば、望外の幸せであるが、せめて「ふるさと」として懐かしく記憶してもらえる存在の一つになりたいと思った。


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