東京内科医会市民セミナー2007

日 時
平成19年9月9日(日)
場 所
TOC有明ウエストホール4F
テーマ
1.メタボリックシンドローム 2.急な痛みにどう対応するか?
共 催
東京内科医会・第一化学薬品株式会社

東京内科医会市民セミナー2007がTOC有明ウエストホールで開催された。本セミナーは、かねてから「東京内科医会として地域住民に何か貢献できないか」との意見が委員会、理事会で出ており、望月会長を中心として検討した結果、救急の日に日常生活で必要な医療知識を市民セミナーとして開催することになった経緯がある。

テーマはメタボリックシンドローム、痛みに対する対応、救急車の適正利用、医療何でも相談会であったが、いずれも最新情報を分かりやすく講師に説明いただき、参加者に好評であった。特に、救急車対応では東京消防庁三浦係長から状態に応じて上手に利用する方法が示された。医療相談は多数の東京内科医会医師と地域住民の交流の場となり、定時終了後も相談が継続し「医師との対話を希望」している状況が明確であった。

今後、定期的に開催を予定しており、その節には患者・家族、診療所従事者に積極的に参加を呼びかけていただきたい。

最後に,会場の設定,広報活動等で市民セミナーを共催いただいた第一化学薬品株式会社に感謝いたします.

東京内科医会副会長 清水恵一郎 記

東京内科医会市民セミナー2007 東京内科医会市民セミナー2007

メタボリック症候群と糖尿病の危険な関係

小田原雅人
 東京医科大学 内科学第三講座 主任教授 小田原雅人

はじめに

メタボリック症候群の診断基準が一昨年決められましたが、厚労省がその予防に力を入れるということで、来年からメタボリック症候群対策の健診が始まる予定です。肥満の方がふえると様々な生活習慣病を発症する方がふえます。そしてさらに心筋梗塞や脳卒中など非常に命を脅かす病気がふえてきます。つまり、肥満傾向が強くなっていけば、次々と悪い方向へと向かっていくわけです。病気を発症する前から-予備軍といわれるような方々から-健診でつかまえて、早くから生活指導をし、場合によっては受診を早めに勧めていこうというのが今回の特定健診の主旨です。

日本の医療のレベルは世界でも最も高いと考えられていますが、同様にこの健診のレベルも非常に進んでいます。欧米の先進国と比べても日本ほど健診が徹底しているところはありません。一方、欧米の先進国では肥満対策が後手に回り、大変大きな問題になっています。ヨーロッパもそうですが、特にアメリカでは、日本では考えられないような肥満の方がたくさんいて、危機的状況になっています。

メタボリック症候群は糖尿病の類縁疾患ともいえます。肥満が糖尿病を発症する一つの大きな原因ですが、メタボリック症候群の方というのはただ太っているだけではありません。太っていると体にいろいろな異常を来してきて、一つ一つの異常がそんなにひどくない方であっても、動脈硬化症の危険因子が幾つもある方は結構危なくなってくる。したがって、健診で生活習慣病の軽い方々をつかまえていかないといけないということがいわれるようになってきました。

生活習慣病と肥満

生活習慣病は、昔は成人病と呼ばれていました。しかし、糖尿病、高血圧、脂質異常症等は、成人になってから起こる病気とは限らないのです。最近の世界的な問題は小児の肥満です。子供が運動不足になってお菓子、ポテトチップス、ファーストフードなどをいっぱい食べるようになってきて、小児の肥満が非常にふえてきました。そうなると、成人病という言葉は適切ではないので、生活習慣に基づく病気ということで生活習慣病と呼ぶようになりました。生活習慣病の代表的なものは、糖尿病、高血圧、脂質異常症です。脂質異常症は、以前高脂血症と呼ばれていましたが,2007年4月の日本動脈硬化学会のガイドライン改定時に脂質異常症と呼ぼうということに変わりました。今後も高脂血症と一般的にいわれることは多いと思います。しかし、脂質は高いほうだけが悪いわけではなく、例えば善玉コレステロールといわれているHDLコレステロールは低いほうが悪いのです。したがって、高脂血症という言葉は必ずしも適切ではなく、専門家は脂貫異常症と呼ぶようになりました。

図1

それから、肥満が生活習慣病の原因として非常に重要視されるようになってきました。肥満があると尿酸も上がってきます。高尿酸血症、痛風という病気がありますけれども、足の親指のつけ根がはれて痛くなるという発作があります。1回経験した方はご存じの通り本当に痛い、風が吹いても痛いというぐらいものすごく強い痛みが起こってきます。痛みが起こらなくても尿酸が高いことが心筋梗塞や脳卒中に関連するのではないかと考えられています。そのほか、動脈硬化症の脳血管障害(脳卒中)、虚血性心疾患(心筋梗塞)などが生活習慣病に含まれています。メタボリックシンドロームの状況が政府から発表になり、2,000万人ぐらいがメタボリック症候群、もしくはその予備軍であるということがわかりました(図1).40歳代になると男性は途端に多くなります。女性が少ないのは、実は診断基準のせいもあり、もしかすると今後診断基準は見直される可能性があります。日本だけが女性に非常に甘い基準になっています(図2).

糖尿病とインスリン

糖尿病はメタボリック症候群の親戚のようなものですが、現在定められている日本の基準ですと、メタボリック症候群の方の中には糖尿病の方も含まれる可能性があります。糖尿病があって肥満がある方、そのほかに糖尿病の予備軍で肥満がある方も含まれます。それと、糖尿病をまだ発症していない方も含まれます。ただ、肥満がある方は糖尿病を発症しやすいので、将来的にはそういう方々も予備軍、それから糖尿病の発症へとつながる可能性があります。肥満傾向が多くなってきますと、糖尿病の方は当然ふえるのです。

インスリンという膵臓のベータ細胞から出る血糖を下げるホルモンがあります。反対に体の中には血糖を上げるホルモンはたくさんあります。なぜならば、ご飯を食べられないとき、飢餓状態のときに血糖値を保たないと脳細胞が死んでしまうからです。これまで氷河期とか、食べ物がない時期が非常に長く続いた歴史を生き抜くために、血糖値を保つことが重要だったわけです。脳はほとんどブドウ糖しか栄養分として使えないのです。ブドウ糖の濃度を保たないと脳細胞が死んでしまう。したがって、血糖値を上げるホルモンはたくさんでき、血糖値を保てる種だけが進化の過程で残りました。しかし、こんな飽食の時代が来るとは予測できない状況でわれわれは進化したので、血糖を下げるホルモンはインスリン一つで十分だったわけです。日本でも第二次世界大戦直後は糖尿病が非常に少なかったのですが、それからすると、現在は食べるものがあふれてしまったというわけです。糖尿病の発症には、インスリンの出が悪いこととインスリンの効きが悪いことの両方が関係します。インスリンかおる程度出ていても、うまく効かなければ、血中のブドウ糖がいろんな臓器で利用できなくなってきます。

図2

例えば、運動をすると筋肉がエネルギーを必要とします。血中のブドウ糖を取り込んでエネルギーとしますが、このときにインスリンが働くわけです。脂肪にエネルギーを蓄えておくにもインスリンが使われます。ところが、うまく使えませんとこちらに取り込めないので、血液の中にブドウ糖がたくさんたまってしまいます。

糖尿病予備軍の重要性

生活習慣病を防ぐには、遺伝的な素因は変えられないので、環境因子を変えていかないといけない。この両方がインスリンの効きを悪くしています。血糖が高くなったり、脂質の異常が出たり、高血圧が出たりといろんなことが起こってきて動脈硬化が進んでいくわけです。

図3 図4

メタボリック症候群の日本の診断基準を満たす方で、どのぐらい心筋梗塞や脳卒中が多いのでしょうか。北海道で行われているデータで検証すると、メタボリック症候群と診断される方は、されない方に比べて大体1。8倍ぐらい心事故(心筋梗塞)が多い(図3).糖尿病の方は正常の方よりも3倍心筋梗塞や脳卒中が多い。糖尿病の予備軍の方は、まだ糖尿病ではないから大丈夫ですねと、皆さんおっしやいます。ところが、全然大丈夫ではないのです。この糖尿病の予備軍、病気でないという扱いの方々は脳卒中も含めて心筋梗塞を2倍起こしやすいのです(図4).

メタボリック症候群が大騒ぎになっていますが、実は糖尿病予備軍といわれ放置されている方々も、実は危ないということです。つまり、両方危ないのです。メタボリック症候群の方も危ないですし、糖の異常かおる予備軍の方も同じぐらい危ない。したがって、メタボリック症候群の方がさらに糖の異常を発症したり、糖尿病を発症したりすると、極めて危なくなってきます。

糖尿病を発症するとなぜ怖いのでしょうか。それは、いろんな合併症が起きるようになるからです。糖尿病の合併症には、細小血管症という糖尿病に特有の合併症、これには糖尿病性腎症、網膜症、神経障害の3つがあります。そのほか、動脈硬化、心筋梗塞、脳卒中、そして足の動脈硬化症。足が壊疽し傷が治らなくなってくる。傷が治らないので治療してもうまくいかず、切断せざるを得なくなる。糖尿病を発症することによって、たくさんの合併症が起こってきます。糖尿病を発症するとどのぐらい危ないか。糖尿病の方は男女かかわらず大体心筋梗塞の発症率が15年早い。もしくは死亡のリスクが15年早く起こる.健康な生活が15年早く障害されるということがわかっています。また、脳卒中も大体15年早く起こるということがわかっています。

糖尿病の予防

糖尿病の予防として、まず食べ過ぎを避け、腹7~8分目を目安にしてください。また、1日30種類以上の食事をとることが必要です。そして、脂身、油物を控える。日本も食事が西欧化してきて、ファーストフードや牛丼を食べるようになってきてますが、控えてください。牛丼は和食ですが、非常に脂が多い肉を使っています.それから、1日3食きちんと食べる。一食一食を少なめにするというのが望ましいです。

1日2食にしましたという方が結構いらっしゃるのですが、結果は必ずしもよくありません。おなかが非常にすいた状態でご飯を食べますので、早食い、まとめ食いになってしまい、結局のところ、肥満を助長してしまうということがよく起こります。ですから、少ない量できちんと3食バランスよくとるというのが非常に重要です。

果たして生活習慣の改善をすると糖尿病の予防ができるのでしょうか。糖尿病の予備軍の方を対象にプラセボ(偽薬)を飲ませる群と、インシュリンの効きをよくする薬を飲ませる群、生活習慣を改善する群に分けました。インシュリンの効きをよくする薬を飲ませた群は31%糖尿病の発症が抑えられました。ところが、生活習慣を改善する群では58%も発症が抑えられたのです(図5).

図5

特定健診

政府では来年の4月以降特定健診をやることになり、病院とか健診関係、企業の診療所はもうパニック状態でこの準備に追われています。糖尿病、高脂血症、高血圧症などを減らすというのが国の基本方針で、俗にメタボ健診といっています。しばらくは小さな混乱はあるかもしれませんが、基本的には生活習慣病を早期に診断するという方向性は正しいと思います。

健診にお金がかかるというので随分国会で問題になりましたけれども健康増進という意味では早い時期からスクリーニングをしてひっかけていくということは非常に重要なことで、ある程度進んでからではかえって医療費がかかってしまいます。したがって、早めに対処することは長期的な医療費の抑制につながる可能性があります。例えば今、心筋梗塞を起こすと、入院してカテーテル検査、ステントといわれている管を入れたり、風船を膨らませたり、莫大な費用がかかります。もちろん保険はききますけれども、莫大な費用がかかった上に国民の医療費を圧迫するわけです。なおかつ、その後の生活は非常に制限される。今までのような生活はできなくなります。したがって、できるだけ早くから予防するというのが何といっても大事です。

危険因子のコントロール

生命にかかわる動脈硬化症の中では、心筋梗塞等の冠動脈疾患が非常に重要です。今、日本は悪性新生物というがんの死亡率が一番高く、どんどんふえています。しかし、脳卒中と心疾患死を合わせるとがんとほぼ同じなのです。

血管の病気は危険因子といわれているものがふえればふえるほど危険性が高まる。加齢だけでも危険になります。例えば心筋梗塞の危険因子として認められている動脈硬化学会の基準は4月に変わりましたが、男性で45歳以上、女性で55歳以上というのが心筋梗塞等の動脈硬化の危険因子として数えられる年です。それに高血圧があったり、コレステロールが高かったり、糖尿病があったりすると、どんどんふえてくる。一つの危険因子当たり死亡率が大体2倍になるといわれています。例えば高血圧がある方は死亡率が2倍ですが、高血圧と糖尿病があると4倍です。それにコレステロールが高いと8倍になり、倍々にふえます。

しかし逆にいえば、一つの危険因子をコントロールすると半分4分の1となっていくわけです。したがって、8倍のものがいきなり4倍に減ります。4倍も2倍に減るということになりますので、いかにこの一つ一つの危険因子のコントロールが重要であるかということです。危険因子の管理は重要ですが、国民一人一人が重要度を認識しているかといいますと、認識があまりよくありません。女性は6割の方が肥満を認識しています。男性は45%しか認識していません。高脂血症、高血圧、高血糖のうち、高血圧に関しては以前から日本では脳卒中が多かったので意識が少し高いのですが、それでも6割の人は認識していないのです。ですから、高血圧に対する認識も不十分です。高脂血症では7割、もしくは女性で65%、3分の2の方は認識していません。糖尿病はもっとひどいです.75%、もしく90%弱の方が認識していないということがわかっているわけです。ですから、まず認識をすることが非常に重要です。

食事と運動

食事に加えて運動も大事です。なぜなら、まずカロリーを消費するからです。ブドウ糖を利用するのでやせる方向に向かうわけです。あとはストレスの解消になる。体力がつく。心肺機能も向上します。それともう一つ重要なのは、インスリンの効きがよくなることです。たとえ体重が減らなくても運動するだけでインスリンの効きがよくなるのです。しかも、この効果は約2日間持続するのです。したがって、体重が減る減らないにかかわらず、ぜひ運動をしていただきたいと思います。

本人は、運動をしなくなってしまいました。厚労省が出している国民栄養調査のデータでは、30代男性は2割しか運動していません.40代の男性も24%しか運動していない.30代女性は13%です。皆さん本当にしていなくて、むしろ高齢者のほうがまだましな状況です。しかも、これはどのぐらいの運動かといいますと、週2回以上で1日30分以上の運動を1年続けた方.これは非常にマイルドな基準です。つまり、ちょっとした運動をやっている、1日30分ちょっと歩くぐらいを週2回やっているだけの方でこれだけしかいらっしゃらないということです。ですから、非常に運動量が足りないのです。

運動をしましたけど全然やせません、むしろ太りましたという方がいます。これはなぜかといいますと、運動するとおなかがすきます。おなかがすくと、随分カロリーを消費したのでご飯もおいしいので食べようというので食べてしまう。ところが、軽度~中程度の普通に行う程度の運動というのは健康には非常にいいのですが、カロリーはあまり消費しないのです。ですから、食事療法を中心にしない限り、やせるのはまず無理です。ふだんと同じ、もしくはふだんより食べて運動でやせようというのは、まず無理だと思ってください。例えばマラソンの選手はたくさん食べても太りません。けれども普通の生活をしている方が食べたいだけ食べてやせるということは、まず不可能だと考えてください.

100カロリー消費するのに、軽い散歩だと30分。それと、ウォーキング、早歩き。最初こちらで始めていただいて、少し早足ぐらいのほうがいいですが,それでも25分.自転車に乗っても20分が100カロリー。ジョギングでもかなり頑張って10分です。それから、ある程度お年の方で運動習慣がない方は、いきなりのジョギングは避けてください。少し前に伊勢市の市長さんの旗振りで、メタボ対策ということで市の職員皆さんで運動してやせようという競争をしてしまいました。いきなり激しい運動をして、課長さんが心筋梗塞で亡くなるという不幸が起こってしまいました。

したがって、今までずっと運動していた方がその強度を少し上げるのはいいけれども、今まで運動をされていない方が急に運動するというのは必ず避けていただきたい。特に炎天下での運動は避けたほうがいいですし、熱中症などの問題もあり十分水分を補給して涼しいところで歩いていただくなど、極端なことはぜひ避けていただきたいと思います。

コレステロールのコントロール

食事の管理は非常に重要で、中でも心筋梗塞に関係するコレステロールのコントロールが非常に重要です。コレステロールについては、いろんな情報が流れていて、必ずしも正しくない情報もありますが、とにかく、生活習慣病があったり、肥満がある方は、コレステロールの管理が非常に重要だということを覚えておいてください。日本人に多い脳梗塞もコレステロールの上昇と共にふえてきます。コレステロール値が高くなればなるほど、それだけ脳梗塞はふえることがわかっています。日本人が「New England Journal」という一流誌に発表したデータでも、脳梗塞とコレステロール値は同じような正の相関をするということがわかっています。コレステロールが高ければ高いほど脳梗塞はふえます。

コレステロールというのは、動物の脂をたくさんとると上がります。そのほかには卵の黄身とか魚卵類、内臓類によって上がります。フラミンガム研究によってコレステロールが心筋梗塞をふやすということがわかってきたので、アメリカでは強力なコレステロールの低下薬が出る前から生活習慣改善により、コレステロールの値が減りました。反対に日本では、和食というのは世界に冠たる健康食にもかかわらず、どんどん血中のコレステロールがふえてしまいました。日本人のコレステロール値はもう17年ぐらいアメリカ人と同じようなレベルで推移していますから、今後は相当動脈硬化に悪い影響を与えてくるということが考えられるわけです。コレステロール値は閉経後の女性は上がってきます。女性は閉経前は心筋梗塞が非常に少ないのですが、閉経後にふえてきます。コレステロール値も、男性は途中で下がってきますが、女性はどんどん上がってくるわけです。

日本人の男女のコレステロールの摂取率をみると、10代,20代の方々のコレステロールの摂取率が非常に高いです。これは将来にわたって大問題になる可能性があります。若いうちにコレステロールや油物をたくさんとっていると、中年になってからその食事をやめるかというとやめません。糖尿病の主婦の方とお話をすると、うちは若い人が多いので油物ばかりになってしまうのですとよくおっしやいます。これはむしろ若い人の油物の多い食事が間違っているのです。若い人の食事を高い年代の方の食事に合わせるべきです。したがって、若い人だから油物を多くとらねばならないという認識自体を変えないといけません。

コレステロールを下げる薬にスタチンという薬があります。HMG-COA還元酵素阻害薬という難しい名前がついているのですが、コレステロールの治療薬として世界中で広く使われています。この薬の効き目は非常に強くてかつ副作用が非常に少ない薬です。この薬を糖尿病の方に使ったCARDS試験というものがあります。ごく普通の2型糖尿病の方を対象に、片方にスタチンを飲ませます。片方にプラセボ(偽薬)を飲ませます。4年間追跡して、スタチンを飲ませた群では、心筋梗塞が37%も少なかった。つまり100人心筋梗塞を起こすところが、この薬を飲んでいるだけで3分の2になった。3分の1は単純に飲んでいるだけで心筋梗塞を起こさないで済んだのです。また、死亡が27%も違いました。つまり、4年間で100人亡くなるところが73人で済んだということです。この73人ももちろん救えればいいのですが、普通の治療をしてもこれだけの効果がある。こういう効果がある薬というのはほかに類をみません。いろんないい薬がありますけれども、生活習慣病関連で最も効果がある薬の一つです。

コレステロールを減らす食事

コレステロールを減らすには、まずコレステロールをたくさん含む食事を減らしてください。卵の黄身が非常に大きいです。毎日卵を食べていますという方は結構いらっしやいます。そういう方はやはりコレステロールは上がってきますし、筋子とかの魚卵類、卵の類にはたくさん入っています。それと、肉の脂身です。それとレバーとかモツ、肝という内臓はコレステロールを原料としてつくりますので、たくさん含まれているのです。

逆にふやしていただきたいのが食物繊維です。日本人は食物繊維の摂取率が下がっています。十分な量を食べていないということが調査からわかっています。海藻類とか野菜類、豆類とかキノコ類などは、カロリーがほとんどないものですので、いくら食べてもいい。腎臓が悪い方では野菜をあらかじめ煮たり、また制限したりする必要がありますが、とにかく普通の方では野菜類やキノコ類はたくさん食べてください。

先はどから獣の肉をやめてくださいとお話していますが、実は魚の脂はいいのです。朝日新聞に「心臓病を防ぐには魚を食べよう」という記事が出ましたが、なぜかというと、アメリカで発表された試験で、魚をたくさん食べている人は心筋梗塞が連続的に減るということがわかってきたのです。日本では,EPAと呼ばれている魚の脂の成分の摂取率がどんどん下がっています。それと心筋梗塞や脳梗塞が逆相関でふえてしまっています。つまり、魚の脂をとる率が減って心筋梗塞や脳卒中がふえたということになります。

禁煙

糖尿病の臨床試験で、どういうものが心筋梗塞を起こすのに一番影響があったかということを1位から5位まで調べたデータでは、影響が最も大きかったのは悪玉コレステロールが高いことでした。2番目は善玉コレステロールが低いことでした。3番目は血糖のコントロールが悪いことでした。4番目が血圧のコントロールが悪いことでしたけれども、5番目に喫煙があります.喫煙は非常に心筋梗塞をふやします。脳梗塞もふやします。がんもふやしますし、潰瘍もふやしますが、肺の疾患の原因にもなりますが、とにかくも動脈硬化に非常に悪いのが喫煙です。もちろん本数は多ければ多いほど悪いです。したがって、できるだけ少ない本数に減らしていき、かつできるだけ早く禁煙をしていただくことが大事です。

何十年も追跡したデータでは、30歳前に禁煙された方の寿命は喫煙していない方と同じでした.30歳以降にやめた方は寿命が少しずつ短くなって、早くやめればやめただけ寿命が長くなります。単純に禁煙をしただけで危険度は相当下がるのです。ただ、普通の人と一緒になるには相当時間がかかりますが,1~2年でも2割ぐらいは下がります。ですから、喫煙はできるだけ早くやめたほうがいいのです。周りにも迷惑になりますので。

血圧コントロールの重要性

また、糖尿病の方は高血圧を合併しやすいです。普通の方よりも高率に合併します。原因が共通し ている部分かおるからです。糖尿病の方の血圧と血糖のコントロール状態によって心筋梗塞がどのぐらいふえるかを調査したデータでは、血糖の平均値が上がると心筋梗塞がふえ、血圧が上がっても同じようにふえるのです。両方高い方は、正常の方の5倍以上のリスクの上昇があることがわかりました。このような人たちは、血糖と血圧をコントロールすることによって初めて危険度が下がることがわかっていて、糖尿病がある方は血圧の管理も非常に重要です。脳卒中も血圧が下がれば下がるほど減ります。

したがって、お医者さんと相談の上、血圧を下げるようにしてください。ただ、お年とともにだんだん動脈硬化がひどくなってきますと、薬を飲んでも下げられなくなってきます。ふらつきが出てしまったりとか、下の血圧が下がり過ぎてしまったり、そういう場合には少し高めでも仕方がないのですが、そうでなければ、きちんと下げることが大事です。また、糖尿病の方は腎臓も悪くなってきますが、腎臓を守るためにも血圧のコントロールが大事です。したがって、できるだけ薬は飲みたくないからと言って先延ばしにしていると、その間に腎機能が低下していきます。低下した分はもう戻ってはきません。

血圧には食塩がかなり関係します。日本では食塩の摂取量が多いです.一時は日に13.5グラムを超えていましたがだんだん減ってきて、コンビニ弁当などの普及でまたふえてしまって、最近やっとまたちょっと減ってきました。けれども、世界的にみるとまだ非常に多いです。アメリカ人と比べると4割以上多いというのが現状です。

降圧目的と降圧剤

日本高血圧学会がガイドラインを出していて、食塩制限は6g。今の日本人の平均は10gぐらいです。高齢の方ほど塩分が多い傾向にあります。また太った方ほど塩分の摂取量が多いです。できるだけ制限してください。あとは野菜をたくさんとる。先ほど申し上げたように、腎臓が悪い方は別です。また、果物は、糖尿病のある方はとり過ぎに注意してください。あとはコレステロールとか動物性の脂を控える。体重を適正にするということです.運動は有酸素運動を1日に30分以上を目標に、できれば毎日していただく。アルコールの量は多くならないようにする。それと禁煙が重要です(表1).

降圧の目標値が以前より低めになっています。普通の方は130の85未満です.高齢者,65歳以上の方は,目標としては140の90未満になっています。糖尿病があったり、腎臓が悪い方は130の80未満が目標です。ところが、実際コントロールできているかというと、140の90未満を達成している人は4割もいない.糖尿痛がある方は130の80未満です。普通の方も今130の85ですが、130の80未満を達成している糖尿病の方は11%しかいらっしゃらないのです。つまり、きちんとコントロールされていません。

高血圧の薬は、近年の医学の進歩によってものすごくよくなっています。昔、私が大学を卒業したころは、今から考えるとろくな薬がありませんでした。それでもたくさん種類が出ていましたけれども、なかなか血圧をコントロールすることが難しかったのです。ところが、最近は非常にいい薬が、しかも臓器保護作用のあるような、飲んだだけで心臓や腎臓を守ってくれるような薬まで出ているわけです。また、きちんと下げることが可能になってきました。

問題は患者さんの意識です。血圧を下げたほうがいいことは、もう世界中のエビデンスが十分そろっています。下げられるかどうかはその方の状態にもよりますので、主治医の先生にご相談されたほうがいいですが、できれば下げられる範囲で低いほうがいいことはもう間違いありません。そのための薬もそろってきました。問題は飲んでいただけるかどうかです「血圧が高いようですから薬を出しましょう」といったら、「私は薬が嫌いなので、薬を飲まないで何とかしたい」、「血圧の薬は飲み始めると一生飲まないといけないから、私は嫌です」という方が非常に多いです。ですけれども、薬を飲まないでいらっしゃるよりも、薬をきちんと飲まれたほうが、たとえ一生飲むことになっても、この一生は相当長くなる可能性が高いです。ですから、できるだけ主治医の先生がおっしゃるように薬を飲んでいただきたい。

しかもこの薬が非常に発達してきていろんな作用機序のものが出てきました。作用機序が違うものの組み合わせは非常に効果があります。しかも違う薬を組み合わせたほうが副作用が少ないのです。一般的に生活習慣病に使う薬は長年飲む薬ですので副作用がほとんどないものが大部分なのです。副作用が強いものは、生活習慣病の薬としては認められませんし、発売された後に副作用が見つかったものは早々に退場する運命にあります。これは会社側が自主的にやめるケースが多いです。会社の信用にかかわるということで、厚労省の指導がある前からやめてしまうという事例が最近多いのです。

したがって、今残っている薬は非常に安全性の高いものが多いので、飲まないリスクよりも飲むリスクのほうがずっと少ないです。副作用がものすごく多いかのように報道されますけれども、実際は非常に少ない.しかも,主治医の先生にチェックをしていただければ副作用を避けることができます。一つのもので副作用が出たら、ほかの薬に変えればいい。飲まないほうがよっぽど危ないのです。

おわりに

先日、別所にて特定健診の講義をさせていただいたのですが、企業の保健師さんから質問が出ました。ちょっとずつ問題がある方、糖尿病はないけれども、血糖値が少し高い方で、血圧もちょっと高く、脂質もちょっと高い、そういう方はどこに紹介すればいいでしょうかと。糖尿病の専門医を紹介しても皆さんものすごく多くの患者さんを抱えていてほとんど正常の方をみてくれないというお話でした。確かにごもっともで、糖尿病の専門医も高血圧の専門医ももっと門戸を広げないといけないのですが、現状では、難しいので、そのようなケースでは、ぜひ親切な開業医の先生にみてもらってくださいとお答えしました。

それはなぜかといいますと、開業医の先生は、糖尿病のことも高血圧のことも脂質のことも知識があって、治療薬のこともよく知っていらっしゃるからです。幾つもの危険因子がある方がその都度3つの専門外来に毎月行かれるということはまず不可能です。高血圧の治療をされている方の6割以上は一般の診療所や開業の先生方で治療をされています。非常に悪い方、心筋梗塞を起こした方の高血圧の治療は大病院など専門医が担当するケースが多いですが、血管の病気を持っていらっしゃらない方とか回復された方は、毎月いろんな薬を処方していただける開業の先生にみてもらっていただくと長い間健康を保てると思います。ご清聴ありがとうございました。

急に頭が痛くなったら

神津仁
東京内科医会 理事、神津内科クリニック 神津仁

年齢や年代から見た頭痛

a。子供の頭痛

まず、年齢や年代から見た頭痛についてご説明いたします(表1).ご両親が頭痛持ちの場合、お子さんにも頭痛が起こります。その場合の頭痛は片頭痛であることが多いです(図1).

表1 図1

片頭痛は、血管性頭痛の代表的なものです。脈や心臓の動きに同調するようにリズムを刻んでズキンズキンと痛みます。これを医学用語では「拍動性に痛む]といいます。片頭痛の「片]は片側という意味で、片頭痛を起こす方は、頭の右側または左側が痛むと感じます。しかし、それは最初のうちだけで、痛みがさらに強くなり、また長くなると、この拍動性があまり感じられなくなります。片側が痛いという感覚もはっきりとしなくなって、頭全体が痛むように感ずることもあります。また、首の後ろが痛いと感ずる方も多いようです。痛みは我慢できないほどで、仕事や勉強が手につきません。仕事や学校を休むことも多く、部屋にこもって布団をかぶって寝てしまうこともあるようです。痛みがある時に、光や音などをひどく敏感に感じて、よけい痛みが強くなるので、こうした格好になるようです。痛みと共に吐き気も強く、実際に吐いてしまうこともあります。吐いた後、翌日にはケロリと頭痛が治ってしまうというのもこの片頭痛の特徴でもあります。

また、片頭痛には前兆があるといわれます。典型的には、目の前の視野にピカピカした光が見え、目に映る景色が見えづらくなります。これを医学用語で閃輝性暗点といいます。しかし、これが見えない場合も多く、現在の考え方では、必ずしも片頭痛の大きな特徴とは考えられてはいません。むしろ、閃輝性暗点よりも、何となく変な気分であるとか、肩が凝るなどの体調の変化を感じている方のほうが多いようです。15歳以下のお子さんの場合、こうした片頭痛の一つ一つの特徴がはっきりしません。吐き気があったり、頭が痛いと学校を休もうとするので、登校拒否なのかと心配する親御さんもいます。まず、片頭痛でないかどうか疑ってみてはどうでしょうか.

b.20~30歳の女性

女性の場合、生理の周期が片頭痛の誘引になることが多く、生理と頭痛が関係していないかどうか思い起こしてみるとよいでしょう。実際、女性は男性の4倍の発生率があります。また、就職、結婚や出産、育児、子育てなど、人生のいろいろなイベントによって頭痛発作が良くなったり悪くなったりします。妊娠中は片頭痛がかなり少なくなることが知られています.30歳代に頭痛の頻度が最も多くなります。しかし、老化と共に頻度は減っていきます。食事や飲み物で悪化することもあります。チーズ、チョコレートやワインで片頭痛が起こることはよく知られています。これらの食品には、チラミンという血管に働く化学物質が含まれていて、片頭痛を誘発します。味の素の原料であるグルタミン酸も頭痛の原因となります。頭痛に悩む国民は、約3,000万人いるといわれていて、片頭痛は840万人と推計されています。最近では、トリプタンという特効薬があり、片頭痛の治療は大変うまくいくようになりました(図2)。

図2 図3
c。中年世代

中年、特に仕事をしている男女に多いのが緊張型頭痛です(図3).日本では成人の22%、2,200万人がこのタイプの頭痛に悩んでいます。慢性の頭痛ですが、ある時期に激痛に変わって大変悩ませることがある頭痛でもあります。片頭痛が拍動性であることはお話しましたが、筋緊張型頭痛は、拍動性でない、ズキンズキンとしない頭痛の代表です。頭痛は両側性に起こり、ぎゅっと締め付けられるような、あるいはお釜を被ったような、重い痛みを感じます。肩から後頭部にかけての筋肉の緊張が強く、触ると筋肉が硬くなっていて、圧迫すると痛みを感じます。同じような姿勢で、長く単調な手作業を行っている勤労者、特にパソコンを使って仕事をする方に多く見られます。朝方はよいのですが、夕方になるに従って悪くなります。仕事や家庭のストレスが積み重なり、緊張が高まると、筋肉の緊張も高まります。細かい字を長く見る時も、肩から首の筋肉が持続的に緊張します。眼精疲労が加わってさらに悪化することもよくあります。ストレスを避け、リラックスして、長く悪い姿勢を続けないこと、あごの位置を1cm上に上げると楽になります。中年以降になると、首の骨が変形し、変形した骨や椎間板が脊髄や神経の根元を圧迫することによって痛みを生じ、異常な刺激が筋肉の緊張を高めることも多いので、筋緊張型頭痛の誘引になります。

片頭痛と筋緊張型頭痛は同時に一人の人に起こることかあり、これを混合型頭痛といいます。この場合、片頭痛、筋緊張型頭痛の一方だけ治療しても良くなりません。両者が影響しあって治りにくい病態を作っていることもあり、ご本人の自覚を促して、両者をきちんと治療することが必要です。

d。老年期

お年寄りで、こめかみがズキズキと痛む場合に考えられるのは、こめかみにある血管-これを側頭動脈といいますが-ここに炎症が起こる「側頭動脈炎]という病気です(図4).片頭痛も血管に炎症が起きますが、もっと強い炎症が慢性的に起こるので、血沈が亢進し、巨細胞という特別な細胞が血管の壁に現れます。外からこめかみの血管を見ると、ぷっくり腫れているのが特徴です。触ると「そこが痛い」とご本人が自覚できます。この炎症は放っておくと脳内の血管にも炎症を起こし、脳梗塞や、失明に至ることもありますが、少量のステロイドホルモンによってすみやかに消えていくので、早期発見、早期治療が大切になります。

群発頭痛について

図4 図5

さて、30年ほど前でしょうか? 伊豆半島の多くの場所で、毎日のように地震があり、新聞やテレビに「群発地震」という文字が躍った頃のことです。伊豆では30年から50年ごとに地震が発生してある期間毎日のように地震が起こるようです。この地震と同じように、1年ほどは何事もなくても、ある時期、毎日のように頭痛が起こるタイプの頭痛を「群発頭痛」と呼びます.英語ではduster headacheといって、cluster(塊)になって起きる頭痛と表現されます。

この頭痛は片頭痛や筋緊張型頭痛に比べると頻度は少なく、一万人に一人くらいといわれ,20~30歳くらいの男性に多く起こります。片頭痛が女性に多いのに比べて、逆のパターンです。睡眠中に起こりやすく、明け方の痛みで目が覚めることもあります。発作中、頭痛を感じている側の目が充血したり、涙が出たり、鼻がつまったり、鼻水が出たりします.1回の頭痛発作は1時間ほどで,吐き気はあまりないのが普通ですが、片方の目の上、こめかみあたりがえぐられるように痛くなり、転げまわるほどだといいますから、大変な痛みです。片頭痛の特効薬であるトリプタンがよく効きます。注射で使うと効果的です。外国では、注射液を自分の家や仕事場において、インスリン注射のように、自己注射をすることが許可されていますが、日本ではまだ許可されていません。日本神経学会と日本頭痛学会が、来年の診療報酬改定で、このトリプタンの自己注射が医療保険で使うことができるように申請を出していますので、近く使えるようになると思います。治療としては、酸素吸入や中等量のステロイドホルモンの投与、ワソランという抗不整脈薬もよく使われますが、リドカインという薬物が含まれるスプレーがよく効くようです。市販の「ベンザALスプレー」というのがそれで,鼻にスプレーすると15分後には頭痛が治まるとのことです。トリプタンの鼻腔用スプレーや口腔内崩壊錠を併用するとさらに治療効果があるとのことですので、一回試してみる価値はありそうです。

薬物乱用頭痛(図5)

最近では、頭痛薬がすぐに手に入るので、市販薬を頻回に服用しがちです。最初のうちはお薬の鎮痛作用で痛みが治っているのですが、1ヵ月に15日以上頭痛薬を使うようになってしまった場合、お薬の血中濃度が下がると、痛みがまた来るのではないか、と不安になって、お薬に手を出してしまうという、逆の現症が出てきてしまいます。これは、アルコール中毒やニコチン中毒、あるいは麻薬中毒患者の状態とよく似ています。こうなると、なかなか頭痛薬を手放せなくなってしまいます。いつもハンドバックの中に入れておいて毎日のように服用する、お薬の依存状態が作られてしまったといえるでしょう。特に、片頭痛の治療がうまくいっていないケースに、こうした薬物乱用頭痛が起きやすいようです。ひどい片頭痛がまた来るのではないか、と不安になってしまうことが拍車をかけます。このような場合、まず市販薬やかかりつけ医が出している鎮痛薬をまず止めていただくことが必要です。それと平行して、トリプタン製剤や片頭痛の予防薬を用いて片頭痛の大きな発作を抑え込むようにします。アルコールやニコチンを止める時のように、それほど強くはありませんが、禁断症状に近いものが出ます。これを1週間我慢すると、思っていた以上に頭痛が軽くなります。こうして2ヵ月我慢すると、薬物依存がなくなって、本来のその方の頭痛のパターンに戻りますので、薬物乱用頭痛は治ったということになります。

コーヒーは、薬物ではありませんが、カフェインに片頭痛の痛みを改善する効果があるので、片頭痛持ちの方は何杯も飲む傾向かあります。町の薬局や駅で売られているドリンク剤、あるいはコカコーラなどにもカフェインが入っていて、ついつい飲んでしまうことになります。これがカフェイン中毒です。コーヒーを飲まないと頭痛がする、などということになったら、ご注意いただいたほうがよいでしょう。さて、今までお話をした頭痛は、命にかかわることのない、どちらかというと良性の頭痛といってよいでしょう。反対に、放っておくと命にかかわる頭痛もあり、こちらは悪性の頭痛と呼んでいいと思います。大変注意を要するものです。

悪性の頭痛

図6
a。脳腫瘍

悪性の頭痛の代表格が脳腫瘍です(図6).脳という柔らかい組織は、大変痛みやすいので、硬膜という厚い膜と、頭蓋骨によって保護されています。脳の出ロは、首に繋がる穴、これを大後頭孔といいますが、ここだけなので、頭蓋骨の中に圧力の変化が生じると、この穴に圧力がかかり、ちょうど悪い具合に、そこに意識や呼吸などの調節をするセンターがあるので、これを傷害して死に至ります。この状態を脳カントンと呼びます。脳の中に生じた腫瘍が、少しずつ大きくなって、ある時、頭痛という症状が出現します。脳腫瘍の頭痛の特徴は、昼間よりも朝方に多く見られ、吐き気と共に現れて来るものです。肩こりや、ものが見づらいといった症状もあります。進行すると手足の運動麻痺や、歩くのにふらふらするなどの平衡障害、しびれなどの神経症状が出てきますので、早いうちに脳の検査,CTやMRIを受ける必要があります。最終的には、脳外科医が治療を行います。

図7
b。脳内出血、くも膜下出血

脳の血管が破れて脳の中に出血を起こすと強い頭痛が起こります(図7).脳腫瘍の時と同じく、頭蓋骨の中の圧が急速に上がるので、重症の場合には脳カントンが起って命の危険があります。出血の量が少ないと、軽い症状で脳梗塞と紛らわしい場合もあります。脳を被っている3枚の膜がありますが、そのうちのくも膜という薄い膜の下で、脳の外側に出血を起こすと、くも膜下出血ということになります(図8).

図8

通常は、脳の血管に動脈瘤というこぶができていて、その一部が風船のように膨らんで、圧力に耐え切れなくなった動脈瘤の壁が破れてくも膜下出血を起こします。今まで径験したことのないような、頭を何かで殴られたような痛みを感ずるといいます。こうした場合には、すぐに医療機関を受診する必要があります。最近では、脳卒中センターという専門医療機関が各地にできていますので、ここに救急車で運んでいただくのがよいでしょう。しかし、いつも激しい頭痛が来るとは限りません。ほんの軽い頭痛が大きな出血の予兆として何回か起こることかあります。この時に、放っておかないできちんと脳の検査をすることが大切です。

最近総験した患者さんですが、52歳の女性で、温泉旅行に行っていた方です。入浴中に急に後頭部が痛み、変だな、と思っていたらしいのですが、お酒も料理もたくさん召し上がって、翌日私のクリニックにいらっしゃいました。訴えは軽いのですが、お姉さんがくも膜下出血で亡くなっているとのことで、念のためMRAと血管を映し出すことのできるMRIをその日に依頼しました。その時の写真がこれです(図9).

図9

大変大きな脳動脈瘤が一つと、もう一つ小さなものが他の血管に見られました。おそらく、破裂してはいないのですが、極少量の出血があったのでしょう。そのための頭痛だったのです。この方は、すぐに脳外科医にお願いをして、未破裂動脈瘤として2週間後にクリップをかける手術をしていただきました。今は何の後遺症もなく元気に通院なさっています。この方のように、ご家族にくも膜下出血で倒れた方がいるとか、末破裂動脈瘤を持っている方がいるという場合には、軽い頭痛であっても、脳動脈瘤がないかどうか検査をすることが必要です。

c。髄膜炎、脳炎

脳を被っている膜が3枚あることは先程お話いたしました。その髄膜に炎症が起きると頭痛が起こります(図10).

図10

炎症を起こす原因はいろいろです。最も多いのがウィルスや細菌です。ウィルスが感染して起こす髄膜炎をウィルス性髄膜炎と呼び、結核菌や髄膜炎菌などの細菌が起こすものを細菌性髄膜炎といいます。その他に、白血病の細胞が髄膜に炎症を起こしたり、癌細胞が髄膜に入り込んで髄膜炎を起こすこともあります。頭痛と吐き気が主症状ですが、首が硬くなったり、光や音に敏感になったりしますので、一般的な良性の頭痛と紛らわしいことがあるので注意を要します。ウィルスや細菌による髄膜炎は、感染症状としての発熱やだるさが伴います。また、炎症によって髄液が過剰に産生されたり、髄液循環の吸収が障害されることによって、頭蓋内圧が上がります。そうすると、脳腫瘍の時に見られたような、吐き気や嘔吐が見られます。時には、髄膜の周りにある血管がつまって脳梗塞を起こすこともあります。

そして、脳そのものに炎症が起きると、脳炎ということになります。原因は髄膜炎とほぼ同じですが、ウィルスや細菌のような感染症に加えて、アレルギー反応や免疫を介した反応によっても強い炎症が脳に起こることもあります。麻疹の後に長い年月をかけて起きるSSPE(亜急性硬化性汎脳炎)などがその代表です。脳に炎症が起こるので、炎症の起こっている脳の部分の異常が神経症状に反映されます。運動麻痺、視野欠損、認知症など、症状は多彩ですが、多くは頭痛と共に意識障害が起きてきますので,熱があって,頭痛があって、ボーツとした感じになれば、これはおかしいと判断して医療機関に行っていただく必要があります。

神経痛による頭痛

さて、次に頭に起こる神経痛についてお話を致しましょう。神経痛というのは,神経がSOSを出している症状だと考えてよいと思います。神経が圧迫されたり、傷害されたり、血液循環が悪くなって酸素不足になったりした時に、神経はSOS信号を発してその人に注意を促します。その痛みを感じて、どこが悪いのかを調べることが大切です。

図11 図12

頭の痛さとして感じる神経痛としては、大後頭神経痛が最も多いです(図11).頭の後ろから、頭の外側にかけてズキンという激痛が走ります。最初のうちは軽いズキンですが、ひどくなると数秒おきにズキン、ズキンと痛みが走り、仕事が手につかなくなります。この痛みは、長くパソコンを使う方、同じ姿勢で長時間目や于を使う方、重いものを一日持って歩く仕事をする方に起こりやすいといえます。大後頭神経は、脊髄から出て、首の後ろの筋肉の間、ここから頭の表面に分布する神経です。この神経が,首の骨,頚椎の変形があって圧迫されたり、神経が筋膜を貫く際に肩こりで筋肉が固くなっていたりすると、その部分でぎゅっと締め付けられて、神経痛の原因になるのです。こうした痛みを感じたら、ご自分の姿勢や仕事のやり方を反省し、お休みをしてストレッチングをやったりしてリラックスすることを心掛けることが必要です。痛みが続くようなら、医療機関を受診し、頸椎のレントゲン写真を撮ったり、筋肉を柔らかくする筋弛緩剤、神経を保護するためのビタミンB12、加えて神経興奮を抑えるお薬などの処方で、大変よくなる病気ですのでご安心ください。

うつ病による頭痛

以前、60歳台の女性がいろいろな医療機関に行っても頭痛が治らないといって来院されたことがありました。よくお話を聞いてみると、朝の目覚めが悪く、身支度をするのにも疲れてできないことかあり、睡眠もあまりとれず食欲もないようでした。こうした症状はうつ病で起こることが多いので、何か気になっていることとか、心配なことがありませんか?と尋ねますと、実は、息子のことで悩んでいるということでした。息子さんがサラ金に手を出して、数社から高利でお金を借り、その取立てに毎日業者から電話が何回も来て、その電話の音を聞くたびにビクビクして頭が痛くなるとのことでした。診察をし特に異常がないことを確認して、精神的なストレスによっても頭痛が来るということを説明して、抗うつ薬を処方しました.2週間後に来られた時には,すでに頭痛はありませんでした。うつ痛は「こころの風邪」といわれるように、誰にでも起こることです。うつ病が頭痛や腰痛の原因になることも知っておくとよいでしょう。

その他の頭痛

数は多くはありませんが、寝ている時には何ともないのに、起き上がるとガンガンと痛み出す頭痛があります。息んだり頭を振ったりしても頭痛が誘発されます。何とか日常生活を試みようとするのですが、起き上がると痛むので横になることが多くなります。原因があまり見つからないので、仮病ではないかと疑われて苦しむことかおりますが、実は、脳脊髄液が少なくなって、脊髄圧が低下することによってこの頭痛が起こることが分かってきました。この病気は「脳脊髄液減少症」といわれるもので、自動車事故などでむち打ち症になり、髄液が漏れ出すことによって圧が低下して起こります。自動車事故などの原因が不明の場合でも起こるので、起き上がると頭痛がするという場合には、こうした病気も考慮して医療機関を受診する必要があります。

図13

また、ゴルフをする方に時々起こるのが,「ゴルフ頭痛」です(図12).ドライバーで飛距離を出そうとして思いっきり振ったとたん、後頭部に激痛が走ってめまいやふらつきが起きたなどという場合には、この病気が疑われます。首の骨の両脇には、椎骨動脈という血管が走っていて、首をひどくひねった時に、この椎骨動脈の血管の一部が剥がれてしまうことがあるのです。カイロプラクティツクで施術の際に急に首をひねられて同じことが起こる場合もあります。医学用語では椎骨動脈解離症といいます。頭をひねって頭痛が起きたら、この病気かもしれませんので、医療機関を受診する必要があります(図13).その他、こんな面白い名前がついた頭痛もあります(図14、表2).

ここでは、時間の関係で詳しい説明は省かせていただきますが、日常生活の場で様々な頭痛を皆さんが経験しているということだと思います。急に頭が痛くなっても、まずはあわてずにかかりつけの先生にご相談いただくのがよろしいと思います。その時に皆さんのお手元にお配りした「頭痛チャート」をつけていただいて、今何か起こっているのかをおおよそつかんでいただくのがよろしいと思います(図15).私のクリニックでは、頭痛でいらした方には全員これをやっていただいております。是非ご参考にして頂ければ幸いです。ご清聴有難うございました。

図15

急に胸が痛くなったら

稲葉貴子
東京内科医会 理事、林医院 稲葉貴子

今日は救急の日ということで,「急な痛みにどう対応するか」というテーマになっています。私は循環器内科の専門医ですので、胸が痛くなったときにどのように考えて対処していただくかということをお話ししたいと思います。

胸痛の原因として考えられる疾患

胸というのは、首から下、それからちょうど肋骨の一番下のところに囲まれた範囲です。後ろは背中ですから、胸が痛いとおっしゃる場合、だいたい体の横から前、首から下、みぞおちから上の範囲のところが胸というように皆様は認識されていると思います。その場所には実はいろいろな内臓・器官がありますので、胸が痛くなったらというときに考えられる病気はものすごくたくさんあります。皆さんは胸が痛いというときに、心臓の病気ではないかを心配されて受診されることが多いと思います。もちろん胸の痛くなる病気の中で最も重症であり、命にかかわる可能性があるのは心臓や大血管の病気です。そのほかに肺の病気、肺を包んでいる回りの胸膜という膜の病気、食道という食べたものを飲み込んで胃に落ちる通路、それからもちろん骨があります。肋骨を骨折するとか、肋骨の軟骨のところが炎症を起こすとか、背中の背骨(脊椎)の病気の炎症が前のほうに波及して痛むような場合です。もちろん運動をし過ぎて筋肉痛、風邪を引いて咳をし過ぎて筋肉痛で胸が痛いということも、皆様ご経験があるかもしれません。あと、そのほかに皮膚の病気、女性の場合では乳房の病気、さまざまあります(表1).

表1

急に胸が痛くなったら

まず、胸が痛くなったときに、どんな痛みであるかという痛みの要素がとても大切です。私たちは外来で患者様にお話を幾つか伺っていきます。どのような痛みですか、どこが痛いですか、どのくらいの時間続きますか、どのようなときに痛みますか、痛み以外に何か症状がありますか。主にこの5点をいろいろ伺っていきます。もちろんご本人がお話もできないような重症な状態であれば、伺うことはできませんけれども、そのときはもう重症であることは歴然としていますので、それはよろしいかと思います。

実際に胸が痛いというときにどうしたらいいか。ご本人がそういうことを考える余裕があるときは、実はまだ猶予かおるということですので、冷静になって痛みの性質、場所、持続時間、そしてどのような状況かを確かめます。動いているときなのか。例えば、精神的に緊張しているときであるのか、寝ていて夜中に胸が痛くて目が覚めた、ある一定の姿勢をとると痛い、体を動かすとき、ねじるときに痛いとか、どのようなときに痛んでいるのか。そして痛み以外に冷や汗がないか、息が苦しくないか、意識がもうろうとしないか、咳が出ていないか、あるいは皮膚に発疹がないか、そのようなことを冷静に確認してください。

目の前に、「胸が痛い、痛い」とご家族がうなっているようなとき、救急車を呼んだほうがいいのか、病院にすぐに連れていったほうがいいのかと考える場合も、確認できる状態であれば、ご本人様にどのような痛み方なのかを聞いたり、顔色を見たりして、どうもこれは「まずいぞ]と思ったときには、受診していいと思います。「まずいぞ」と思う人間の感覚はかなり正しいんですね。それを躊躇する必要はないです。具合が悪くて受診して、たいしたことはないよと言われても、何でもないということが確認できてよかったと考えていいわけですので、本当に「まずいぞ」と思った場合は迷わず受診してください。

胸痛の特徴

では、その「まずいぞ」というのを細かく考えていきます。胸の痛みというと、まずどのような痛みか。ずきずき痛い、チクチクする、表面がピリピリする、あるいは胸全体が締め付けられる、圧迫される感じがする、何となくドキドキするような、胸が躍るような、胸騒ぎがするような感じとか、あるいはみぞおちから込み上げるような感じ、やけつくような灼熱感というかヒリヒリするような感じ、そのような痛み方があると思います。内臓というのは知覚神経(痛みを感じる神経)が分布していません。ですから、心臓の発作であっても心筋梗塞という重症の病気を起こしていても、(特定の)ここが痛いということはあまりないのです。つまり、心臓が痛い、あるいは肺そのものが痛いという感覚はありません。

皮膚ならば、例えばけがをしてここの切り傷が痛いというときは、「痛いところはここです」と、皆さんはおっしゃると思います。しかし、心臓や肺の場合は、「ここです」という表現は基本的にはありません。痛みを感じるときには、傷んでいる心臓の筋肉が酸素不足に陥ったり、あるいは肺が炎症を起こしてはれている。そこのところに起こった刺激に対して、自律神経を介して、胸のかなり広い範囲の全体的な痛みとして感じるのです。ですから、呼吸器の病気や心臓の病気で胸が痛いというときは、ここの場所という言い方ではなくて、漠然とした全体が痛み、その痛みが、例えば、みぞおちのほうに広がる、首のほうに重苦しいような痛みが広がる、あるいは奥歯がうずくような感じがする、右手、左手へ痛みが流れていく上うな、放散していくような感じがします。かなり広い範囲に関して「痛い]という表現をなさることが多いです。したがって、そういう痛みを感じている場合には、これは内臓の可能性があるということを考えて、迷わず病院を受診してください。

受診するときも、昼間であれば速やかにかかりつけ医、あるいは総合病院などに行っていただくことが可能です。既に意識がない場合には救急車を呼んでいただきます。また、脂汗を流しているとか、呼吸の状態がもうしゃべることができないような状況であっても、救急車の要請をなさってもいいと思います。のちに、救急車の適正利用のお話があるかと思いますが、その場合には迷わずに救急車を呼んで構わないと思います。もちろん、そのような状況の方は、ご自分では決して運転はなさらないでください。道中で本当に具合が悪くなって、意識がなくなってしまったりということがあると大変ですので、ほかの方が病院に連れていってください。

一方で、胸の痛みのチクチクとかキリキリ、あるいはピリピリする、(特定の)ここの場所というような言い方をする場合は、体性神経という痛みを直接伝える感覚の神経がありますが、そこに刺激が加えられて「ここの場所]という、割と限局した局所を訴えられることが多いです。そういうときは、皮膚とか内臓を包んでいる膜、骨の病気が多いです。骨の病気、皮膚の病気などは、緊急で一刻を争うということはあまりないと思いますので、その場合には、なるべく速やかにご自身で受診してください。ご自分で静かにしていておさまるものであれば、そんなに慌てなくてもよろしいです。ただ、例えば肋骨の骨折であったりすれば、それはご自身でどこかをぶつけたとか、階段から落ちたとか心当たりがあるはずです。また、神経痛もそんなに緊急性はないと思います。

ただ一方で、表1の神経疾患の項にある皮膚に発疹ができる帯状庖疹の場合、最初は痛みだけで始まって、半日ぐらいの間に皮膚にポツポツができてくることがあります。それは水ぼうそうのウィルスが神経に潜んでいて、体調が悪いときに発疹を起こして非常にひどい痛みを起こすものです。症状が始まった早期に帯状庖疹のウィルスを抑える薬を服用していただくと、非常に治りがよく、後々の帯状庖疹後神経痛という、いつまでも痛みが続いて苦しまれるような状況を回避することもできますので、ほうっておかないで治療をしたほうがいいです。症状の瞬間的なもの、長くかかるもの、ずっと続いて起こりどんどん増悪するかどうか、そういうことをよく確認していただいて受診することを心がけてください。

痛みが起こったときの姿勢

痛みが起こったとき、意識がないときは楽な姿勢で平らに寝かせてください。人間は脳に血液が循環して、酸素がいっている状態でないと意識が保てません。脳が一番ダメージを起こしやすいのです。心臓は血液の流れがとまって20分ぐらいすると、だんだん心筋梗塞という状態になってきて、30分血流がとまると心筋梗塞が完成してしまいます。脳の場合には3分間血流がとまれば、もう脳のダメージはもとに戻らない可能性が高くなりますので、まず脳を守ってあげないといけません。そのためには、心臓と頭の位置が平らな状態にあるということが非常に大事です。したがって、平らに寝かせてあげる。そして衣服を緩めて、呼吸が苦しくないように楽にしてあげる必要があります。

あおむけに寝たら苦しい場合もあります。その場合には、やや背中を起こして、何かにもたれるような形で起きていると楽な場合があります。心臓が苦しいような発作のときは、平らに寝てしまうと息苦しくて泡を吹いてしまうことかあります。それは心不全という状況でよく起こるのですが、その場合には頭を高くしてあげて、もたれかけさせてあげることが必要になります。口がきける場合であれば、苦しんでいらっしゃる方の楽な姿勢で、できれば平ら、そして少し頭を上げる。右が下のほうが楽か、左が下のほうが楽か。逆に体を丸くして、おなかを抱え込むような姿勢のほうが楽な場合もあります。大きく動く必要はありませんけれども、胸の痛みについていえば、その程度の体位変換をやったからといって、病気を悪化させるということは起こらないので、楽な姿勢をとっていただくことを考えてください。

さらに、可能であれば、コップ1杯のお水を少し口に含むということです。飲み込めない方に無理に飲ませる必要はありませんが、やはりキューッと来たような痛みのときに水分をとっていただくと、少し緊張が緩んで楽になったりすることがあります。物を食べさせるのは非常に危険な場合がありますが、水を一ロ、口に含ませるのには、心配はほとんどないと思います。

緊急性の高い胸痛

緊急性の高い胸痛というのは、ご本人の我慢できないほどの痛みのことです。うなっている。痛みのためにそのときの行動ができなくなってしまうような症状です。あと、痛みが20分以上続いている場合。あるいは、だんだん痛みが強くなってくるような場合。そして胸の表面でなく、中が全体的に広い範囲で痛んだり締め付けられる。そして冷や汗が出る、息が苦しい、何となく意識がもうろうとしてくる。そういう合併症状がある場合には、心筋梗塞や動脈が裂けてしまう解離性動脈瘤、あるいは肺のほうの病気で、肺に穴があいて呼吸ができない状況になってしまう気胸という病気の可能性など、重症なものを考える必要があります。このような場合は、直ちに受診してください。交通手段は、自分で運転するのではなく、表1にあげられている4項目のような場合には、直ちに救急車を呼んでいただいて、状況を告げ、専門病院を受診していただくことが必要です。

おわりに

それ以外にも胸の痛みには、いろいろな病気がありますが、その中にはやはりきちんと治療しなければいけないものがあります。今日は具体的にお話ししませんでしたが、逆流性食道炎や胃潰瘍や十二指腸潰瘍は、きちんと治療する必要があります。これは消化器の病気で、胸とおなかの境目です。どこの科を受診するかは、例えば、帯状庖疹や神経痛でも一般内科あるいはかかりつけ医、皆様がふだん風邪でかかられているような医療機関で構わないと思います。そういうところを受診していただいて、先ほど申し上げたように、どのような痛みであったかというポイント、ポイントをきちんと伝えていただきますと、診断に迷いがなく、私たちは皆様に適切な治療ができると思います。これで私のお話をおわらせていただきます。ありがとうございました。

急にお腹が痛くなったら

武石昌則
東京内科医会 理事、武石医院 武石昌則

日常診療において、腹痛を訴える患者さんに遭遇することは非常に多い。患者さんの自己判断で薬を内服し、かえって症状が悪化することもある。たとえば、腹痛に対して、消炎鎮痛剤を内服し、腹痛が悪化する例も珍しくない。腹痛の原因を判断する上で重要なことは、便通異常の有無と発熱・嘔気嘔吐などの自覚症状有無をまず確認することである。便通異常では、下痢なのか便秘なのか、また血便が少量でもないかどうかを観察してもらう必要かおる。また緊急性の有無を判断することも重要なことである。最近では、画像診断の進歩により、緊急開腹手術が行われることはかなりすくなくなった。しかし、臓器の穿孔や破裂による腹膜炎は緊急施術の適応になる。その判断は遅れると生死にかかわる場合もある。以下、腹痛の病態整理・原因・診察・検査・対処について述べる。

1。腹痛の病態生理

一般的に、腹痛は内臓痛・体性痛・関連痛の3種類に分類される。内臓痛は、腹腔内臓器の伸展・虚血などで起こる消化管の筋肉(平滑筋)の痙攣で、胃潰瘍・十二指腸潰瘍などがあげられる。体性痛は疾患臓器に近接する壁側腹膜などから発生する腹痛で、腹膜炎などがあげられる。また関連痛は、疾患臓器から離れた部位に感じる疼痛で、十二指腸潰瘍での背部痛や、心筋梗塞での肩頸部痛などがあげられる。内臓痛の特徴は鈍い痛みで、痛みは周期的におとずれ、多くは病初期に発生する。一方、体性痛は鈍い痛みで持続的な疼痛で、多くは病期進行後であることが多い。

2。腹痛の原因(狭心症・心筋梗塞でも腹痛が起こる?)

腹痛の原因を探るには、その部位が重要な鍵となる。内科的な疾患では胃潰瘍・十二指腸潰瘍、急性膵炎などの疾患があげられる。外科では胆石症・急性虫垂炎・腸閉塞など、婦人科では卵巣炎・卵管破裂・子言外妊娠破裂、泌尿器科では尿管結石、膀胱炎などあげられる。また、意外な疾患として狭心症・心筋梗塞で上腹部痛や肩頸部痛を訴えることもある(図1)。

図1

3。腹痛の診察

診察の手順としては、問診・既往歴・全身状態の把握(特に発熱の有無)に加え、触診・聴診・打診が重要である。問診では、腹痛の特徴として空腹時あるいは食後に腹痛が増強されるのか否か、自己判断で消炎鎮痛剤などを内服していないか。さばやサーモンなどの生魚を食べたことはないかなど、いずれも問診は診断に重要なヒントを与えてくれることがある。触診は、ベツト上に仰臥位とし、両膝を曲げ腹壁の緊張を解いた体位で、腹痛を訴える部位は最後に触診するよう心がけ圧痛などを確認する。また聴診では、蠕動運動を確認し機械的イレウスで聞かれる腸蠕動音の亢進、また麻痺性イレウスの場合は消失を確認するが、少なくとも4~5分間の聴診が必要である。打診では、消化管穿孔では肝濁音界の消失、イレウスでの鼓音の範囲拡大を聴取する。

4。腹痛の検査

一般的な検査では、尿・血液検査(白血球数・赤血球数・CRP・アミラーゼ他)、胸部および腹部単純X線検査、超音波検(エコー)などがある。これらの検査は、無床診療所でも簡単に行える検査なので、腹痛を主訴として受診された患者さんには、行うべき検査と思われる。X線写真で最も重要であることは、フリーエアー(腹腔内遊離ガス)とニボー(鏡面ガス像)を見逃さないことである。フリーエアーを確認するには、腹部単純撮影よりも胸部単純撮影(立位)がよいと思われる。またニボーを呈した患者さんにはバリウム造形検査や内視鏡検査は禁忌である。これらの一般的な検査で、診断できない場合、さらには、消化管内視鏡検査(胃カメラ・大腸カメラ)、腹部CT検査、血管造影検査などで、精密検査を進める必要がある。

5。腹痛の対処(消炎鎮痛剤を飲んで悪化することも)

内臓痛は腹腔内臓器の伸展・虚血などで起こる消化管の筋肉(平滑筋)の痙攣である。また体性痛は原因臓器から近接組織への刺激で起こる。内臓痛の場合、平滑筋の収縮痙攣を抑制する鎮痙薬である抗コリン剤が有効だが、その副作用としてのどの渇き、動悸、排尿障害、眼圧上昇などがあり注意が必要である。また体性痛の場合、重症疾患であることがあり、癌性疼痛とよばれ治療に難渋することもある。非ステロイド性消炎剤や麻薬が用いられる。腹痛の対処で最も大切なことは、緊急性の判断を誤らないことである。時間とともに増悪する腹痛に対しては、より慎重に診断を進め、二次救急病院への転送の時期を誤らないことが大切である。

救急車の適正利用について
―増大する救急需要をふまえた新たな取組みについて一

三浦弘直
東京消防庁 救急管理課 計画係長 三浦弘直

はじめに

東京消防庁救急管理課計画係長の三浦と申します。東京消防庁には227隊の救急隊があり、私の仕事は、その救急隊の運用計画、救急の制度の構築などです。本日は、救急車の適正利用についてお話をさせていただきます。本来ですと、こういうケースには救急車、こういうケースは救急車ではないというお話をするのが一番いいのかもしれませんが、実際のところは個別事案のケース・バイ・ケースの話になってしまいます。そこで今回は、救急相談センターと救急搬送トリアージの概要についてお話をさせていただき、皆様に救急車の適正利用について考えていただければと思います。

救急業務の現状と都民の声

図1

図1は、救急業務の現状と都民の声です。平成18年中の救急出動件数は68万6,801件、ほぼ70万件ちかく東京消防庁管内で救急車の要請があります。しかし、実際に救急隊が救護をして医療機関に行く方は少し減ります.それは例えば,ちょっと指を切ったりして、会社の同僚の方が動揺して救急車を呼びます。実際に救急車が来ると、ご本人が「いや、私は救急車で行く必要はないですから自分で行きますから」と搬送を辞退される。したがって、出動件数に比べて実際に病院に行かれる方が63万人、5万人ほど減ります。実際の出動頻度は46秒に1回の割合で,東京消防庁管内では救急車が出動しています。東京消防庁管内は、ほぼ東京都の全域を網羅していますが、東久留米市と稲城市、及び島しょ地区については、それぞれ独自に消防業務をやられております。それ以外の東京都の区域は東京消防庁管内です。

図2

救急車出動の内訳(図2)ですが、68万6,801件のうち,6割が急病で呼ばれています.次にけがをしてしまったなどの一般負傷です。交通事故というのは意外と少なく1割程度です。搬送人員の内訳ですが,命にかかわる重症以上が7。8%。1週間以上の入院を必要とする中等症が3割.あとの6割が、実はその場で先生方に診察をしていただいて処置をすれば自宅に帰宅できる軽症です。救急要請69万件のうちの6割、その大半が軽症です。救急出動件数が、増加してくると、救急隊が現場に到着する時間も年々遅くなってきています。過去最高の約69万9,960件を記録した平成17年には消防署を救急隊が出発してから現場に到着するまでの時間が6分30秒かかっています(図2).5年前では5分30秒.救急出動件数がふえていくにしたがって、現場への到着時間も長くなってしまうのです。

それぞれの救急隊には受け持ち区域があり、その受け持ち区域を所管する消防署の救急隊がほかの事案で出ていていないとなると、次は隣の消防署から来ます。その隣の消防署も救急隊がいないとなると、またその隣の消防署から来る。したがって、おのずと現場に到着するまでの時間が、どんどん長くなってきてしまうのです。平成18年には6分10秒に短縮されています。新聞記事等でもご覧いただいたかもしれませんが、この平成17年から18年にかけては救急車の出勤件数が若干減りました。これは冬場のインフルエンザが平成18年はあまりはやらなかったことが原因ではないかと言われています.それでも10年前と比較してみると、やはり1分遅くなってきています。この1分というのは、実は心臓がとまってしまったり、呼吸がとまってしまった方々にとっては、非常に大きな時間です。これを1分でも1秒でも短縮していくために、我々は努力をしているという状況です。

東京消防庁では現在、227隊の救急隊を整備しています。平成15年度から毎年5隊,救急車5台ずつ増強しています(図3).

図3

一方、平成17年の4月1日から東京民間救急コールセンターを設置しています(図3).安定期の患者さんを現在の入院先から別の入院先に移動する場合とか、ご自宅からの入院や通院などいわゆる緊急性のない場合に、患者さんのご都合や希望に合わせての輸送をご案内するサービスです。

図4

ポスターもさまざまなものがあります(図4).緊急性がないものは民間救急のほうを使っていただく内容のものや。また、サポートCabを紹介するものがあります。これは救急車をタクシーがわりに使うという風潮を逆手にとった発想で、タクシーを通院手段に使おうではないかというものです。これは0575-039-099(オーミンキュー・オーキュウキュウ)のほうに電話をしていただくと、その時間帯にやっている医療機関をご案内させていただくとともに、利用者の方のところまでタクシーが迎えにいくサービスです。そういうサービスだと別途料金がかかるのではないかと、皆さんご心配されると思いますが、全く通常のタクシー料金と同じ料金です

図5

もう一つ、東京消防庁では救急医療機関の案内をしています(図5).東京消防庁テレホンサービスというもので、休日や夜間に診察可能な病院をご案内する医療機関案内と、うちのそばで消防車のサイレンが鳴っているけれども どこか火事なのか。そういう問い合わせにも対応している窓口です。都内に360件ほど救急告示医療機関がありますが、その診療情報をリアルタイムに提供することができます。これは現場の救急隊が実際に使っている情報を都民の方々にも提供するものです。救急隊の出動時、まずどこの病院でみていただけるのかを確認しなければなりません。それを一件一件やみくもに当たっていたのでは時間がかかってしまう。このことを防ぐために病院のほうで、今日は診察可能です、今日は入院可能ですという情報を事前にコンピューターに入れておいていただくのです。その情報を東京消防庁できちんと把握しておいて、都民の方からの問い合わせに対してお答えするものです.平成18年中の医療機関の案内状況については,約26万件のご利用をいただいています。

表1

ここで少し話を変えて、都民の方々の声をご紹介したいと思います。消防に関する世論調査の中で、実際に救急車を利用された方に対して、どのような理由で救急車を呼ばれたかというアンケートをさせていただきました(表1).これは複数回答になりますが、生命の危機があると思った。自分が軽症なのか重症なのかよく判断がつかなかった。本当に自分で歩ける状態ではなかったという理由で救急車を呼ばれている方が大半です。しかし、その一方でこういう方々もいらっしゃいます。病院までの交通手段がなかった。そもそもどこの病院に行けばいいかわからなかった。夜間・休日で診察時間外だった、かかりつけの病院が休診だった。確かにこれはよくあるケースかと思います。救急車で病院に行ったほうが優先的に診てくれると思った。これは本当に不適切な利用ですね。あくまでも緊急性の有無で病院のほうも対応していますから、絶対にあり得ません。

図6

図6に都民の声をまとめ、分析しました。緊急に医療機関を受診したほうがいいのかどうか。応急手当はどのように行ったらいいのか。そういうことに対して、きちんとした医学的見地からアドバイスをいただきたい。またあわせて、休日・夜間でも診療可能な医療機関の情報が欲しい。これらを分析すると、救急車を要請する前に、そもそも医療機関を受診することに関して、その判断をするための情報が十分に提供されていないのではないか。そのような問題点が出てきたわけです。

救急相談センターの概要

消防総監の諮問機関である第26期東京消防庁救急業務懇話会に対して、救急車を早く到着させるためには、緊急性によって救急車を利用していただいたり、自分で行っていただいたり、きちんと区分けしなければいけないのではないか。そのためには、どのような方策をとったらいいのかということを諮問しました。平成18年3月に答申を受け,東京消防庁救急相談センターと、救急搬送トリアージ(試行)の運用を開始しました。都民の方々自身に緊急性の判断の適正化を促進することによって、本当に救急車を必要とする都民の方々に対して、適切かつ効果的に救急車を出動させることができるのではないか。その一助として、東京消防庁救急相談センターを開設しました。

図7 図8

東京消防庁救急相談センターは、東京都の重点事業になっています(表2).これは政策的に非常に重要な事項であるという場合には、知事の指示で、税金を集中的に投入して行なう事業です。既に本年6月1日から運用しており、24時間365日(年中無休)で体制を整えています。今までさまざまな救急現場を経験してきた救急隊の経験者が対応しています。これから団塊世代のOB職員がふえてきますので、そういう方々を中心に、電話の受付をやっていただいています。看護師は、東京消防庁のほうで新規に採用しました。医師については、東京都医師会の全面的なバックアップを受けています。夜間、救急相談センターに、救急隊の経験者と看護師さんと医師が24時間待機して、都民の方々からの救急に関する相談に対応しています。

急におなかが痛くなったけれども、救急車を呼んだほうがいいのか、自分自身で病院に行ったほうがいいのか。そんなときには迷わず「#7119番]に電話をかけてください(図7).この#7119番は、固定電話のプッシュ回線、携帯電話、PHSで利用が可能です。ただ、都内の電話回線の7割がダイヤル回線(黒電話回線)ですので、つながらない場合は東京都内からだけですが、#7119番を携帯電話から押していただければ、救急相談センターにつながるようにしています。

救急相談センターの主なサービスとしては、まず受診等の判断に関するアドバイスです(図8)救急車で行ったほうがいいのか、自分で夜間でもタクシーで病院に行ったほうがいいのか、それとも朝になるまで待って通常の診察時間帯に自分で行ったほうがいいのか。こういうことについて、きちんと医学的見地からアドバイスをさせていただきます。応急手当のアドバイスとか、診察可能な医療機関案内、当庁保有の医療機関情報、先ほどお話をした救急病院の情報はもちろんです。これは東京都福祉保健局とも連携をして、それぞれの地域のクリニック、診療所もすべてご案内できるような体制を整えています。そのほかに、行くべき病院はわかったけれどもそこまで行くタクシーがないとか、うちのおじいちゃんは体が不自由なので民間の救急車の手配をしてほしいというご要望もあります。その場合には、先ほどお話をしました東京民間救急コールセンクーヘ、また医療費の相談や診療体制の相談については、福祉保健局が開設している窓口のほうに、電話を切らずにそのまま転送するという、いわゆる行政のワンストップサービスを提供しています

図9

図9は実際の救急相談センターのイメージ写真です。ご相談の中には、本人は救急車で行く必要はないと思って電話をかけてきたのですが、実際は救急車で行かないといけない状況だったということもあります。本来は、不必要な救急の出動を1件でも減らして、早く現場に到着するためということで始めたのですが、運用を開始してみると、実は本当に救急車の必要な方が119番を躊躇していたり、症状の重大性をあまり考えていなかったという現実も浮き上がってきました。

実際に1件こんな相談がありました.「うちのおじいちゃんは、ふだん4時半ごろから起きて毎朝散歩に行くんだけど、今日は疲れているのか8時になっても、いびきをかいて寝ている」と。これはご家族の方から電話でした。本日のセミナーをお聞きいただいた方には、それが何を意味するのかはおわかりになると思います。直ちに救急車を出動させ、直近の脳外科へ搬送しました。このように本当に救急車が必要なのかどうかという相談の窓口として、救急相談センターを運用しています。

図10

図10をご覧下さい.まず救急隊の経験者で構成される救急相談通信員が電話を受け、医療機関案内か、救急相談の振り分けをします。医療機関案内なら、直ちに端末を使って医療機関案内をします。実際におなかが痛くなってきて、急いで病院に行ったほうがいいのかを相談したいとなった場合には、向かいに座っている救急相談看護師に電話を転送します。常時2名待機しています。そして、救急相談医として医師が座っています。頭にヘッドセットをつけていますが、相談看護師の相談状況を常にモニターしています。

相談センターの特長の一つとして、どなたが相談をかけてきても症状が同じであれば、どの看護師が対応しても同じ(一定の)答えが出るところがあります。東京都医師会の救急委員会のプロジェクトチームで相談マニュアル一-我々はプロトコールと呼んでいますが-を100種類程度つくっていただきました。大人の頭痛、腹痛、子供のけが、目が痛くなった、想定されるさまざまな相談のルールをつくって、そのルールに基づいて救急車を出すべきなのか、ご自身で行っていただくのかを判断をするのです。東京都医師会の先生方のご協力がなければ、この相談センターは立ち上がっていなかったとつくづく思います。

救急搬送トリアージ(試行)の概要

表3

次に、救急搬送トリアージについてお話します(表3).救急搬送トリアージシート、いわゆる救急車の利用基準を今回定めました。これについては非常に大きな誤解を受けているところがありますが、緊急性が認められないと判断された事案については、無理やり搬送を断るのではなくて、ご本人の同意を前提に,「緊急性はそれほどないと思うのでご自身で行っていただけないか」というお話をして、ご白身で通院していただき、救急隊は次の現場に備えるという制度です。本制度につきましても本年6月1日から試行しています。 本制度について、もちろん救急隊が勝手に基準をつくるわけにはいかないので、東京都メディカルコントロール協議会、すなわち救急医学の先生方に、きちんと搬送基準の安全性、実効性を確認していただいた上で、今回の試行を行なっています(図11).

図11

実際に東京都医師会のご協力を得ながらやったのですが、検証期間中約5万人の方々を搬送しました。その中で、この基準によって約415名、割合にして1%にも満たないのですが0.85%の方に緊急性が認められない、すなわち明らかに救急車でサイレンを鳴らして赤信号を通過してまで医療機関に行く必要はないと判断される方がいました。あわせて、収容先の医師の初診時程度判断でも、命にかかわる重症は1件もありませんでした。ただ、その415名の方のうち、入院をしなければならない方が5名出てしまったのですが、これは真夜中の交通事故で、車がぶつかってしまって病院に来られた方などでした。けがは軽いのですが、夜中に帰すわけにはいかないので、朝まで様子を見ていったらということになりましたが、それでも統計上は入院になってしまいます。しかしながら、ほとんどが軽症という医師判断を検証の中では受けています

図12

図12は緊急搬送トリアージのイメージです.まず119番が東京消防庁に入り、そこで実際に消防署から救急車が出動しますが、ここでお断りをするということは一切ありません.119番にかけていただいたら、すべての事案に救急隊は現場に出動します。

そして、現場でトリアージシート(図12)を使って緊急性の判断をします。実際には、手足のすり傷、切り傷、打撲、軽いやけど、鼻血、全身には出ていないけれども、少し湿疹が出てしまったなどというほかに、不眠、不安などが対象症例になります。 こういう方々に対して15項目について確認をします。「年齢15歳以上64歳以下である.」裏を返せば,65歳以上の方々は原則搬送ということで対応しています「重症と判断すべき受傷機転等に該当しない」の項目では、例えば、車にはねられひじのすり傷だけだが、5メートル以上飛ばされたという情報が入ったときには、これはもう重症だろうという形で判断します。心疾患とか呼吸器系の疾患とか、現在治療中の大きな疾患はないとか。あと切り傷ですが、自殺で手首を切ったというような方は今後の対応がありますので、医療機関へ搬送します。バイタルサインでは、血圧は正常の範囲か、呼吸は正常の範囲か、出血は既にとまっているかなどを判断し,この黒枠の中の15項目すべてにチエツクが入った段階で、緊急性が認められる場合には、通常どおりの救急活動を行っていきます。緊急性が認められない場合は、「ご自身で通院していただけないか」とお願いします.

診察可能な病院がわからない」という声には「救急隊が持っている病院情報をご提供いたします」.「タクシーを呼んで欲しい]という声には「サポートCabをご案内いたします」。そのような形できちんと同意を得た上で、ご自身で通院をしていただくというような形です(図13).

図13

東京消防庁救急相談センター運営協議会

東京消防庁救急相談運営協議会について簡単にお話をさせていただきます。東京消防庁救急相談センターは、救急車を出すのか出さないのかという判断をする機関としてその構想がスタートしました。しかし、医師会の先生方、救急医学の先生方からさまざまなアドバイスをいただいて、救急医療に関する相談窓口として、東京都の救急医療体制の一端を担っていくことが期待されるようになりました。したがって、きちんと医学的見地から支えられた相談センターにしていこうと、東京消防庁救急相談センター運営協議会ができました。会長は昭和大学病院の有賀先生にお願いしています。メンバーは、東京都福祉保健局、東京都医師会、救急医学に関する専門の先生方、当庁職員で構成されています。いわゆる四者連合という形です。今までは、福祉保健局は福祉保健局、消防庁は消防庁という面があったのですが、四者連合してできちんと相談センターの質を担保していこうではないかということになりました。本運営協議会は相談ルールを適時見直しするなど毎月開催しています。このように相談センターの質をきちんと担保して、#7119を運用しています。

おわりに

今までの救急業務は搬送と救急処置でした。救急隊を今後も増強していくことはかなり難しい状況になってきています。これからは救急相談という分野に力を入れていきたいと思っています

図14

ケガや病気など体の不安があるんだけれども、急いで病院に行ったほうがいいのかな、朝まで様子を見ていいのかなと不安になられることがあると思います.そういうときには#7119,迷わずこの救急相談センターのほうにかけていただきたいと思います。それでは、これからの東京の救急体制が、これを機会に少しずつ変わっていくことを期待して私の話を終わりにしたいと思います。どうもありがとうございました。